小さなケーキ屋さん

近所に小さなケーキ屋さんがあった。あった、という事は今はもうない。

帰りにお店の横を通ると、いつも車が停まっていて、お店の中にもお客さんが数人いた。イベント事のある日は外で待っている人もいた。ケーキを食べるのに理由はいらないが、そうそう買って食べるものでもないので買う機会がなかった。

そんな私が初めてお店に入ったのは越してから一年経ったクリスマスだった。

外から覗いていたショーケース。その中に並べられていたのは小ぶりのケーキたち。派手な装飾は一切されておらず、馴染みのある姿のケーキたちがたくさん並んでいた。そしてケーキの名前もシンプルで分かりやすい。

いつからか、我が家に「ケーキはひとり2個選んでいい」というルールが出来たので、当たり前のようにふたつに絞る。お互いかぶらないように決めた時点で名前を口にする。結局のところ、相手のケーキも食べるので4種類楽しめるのだ。ショーケースの前で大人ふたりが真剣に悩んでいるのを、お店の方はにこにこして見ていた。

「ショートケーキは買わないと」と私が言うと、お店の方がうんうん、と頷く。ショートケーキを選んだら、パートナーはどっしりとしたチョコレートがいい。組み合わせはとても大事だ。

厳選した4種を買って、お礼を言ってお店を出た。まだ一口も食べていないのに次はあれにしたいこれにしたいと言いながら帰った。熱い紅茶を淹れて、おやつにいただこう。幸せな気持ちで家に着いた。

もちろん、ケーキはとてもおいしかった。サイズが丁度いいのも更によかった。あちこちでお勧めのケーキを買って来たけど、やっと好みのケーキに出会えた気がした。しかも歩いて行けるなんて素晴らしい。今度は誕生日に買わせてもらおう、とふたりで決めた。それくらい気に入っていた。

年が明けて、買い物に出た帰りにお店の横を通るとシャッターが閉まっていた。正月休みだろうかとその時は深く考えなかったが、次に通った時に張り紙に気付いた。その張り紙を見に行くと、閉店のお知らせだった。下ろされたままのシャッターの前で、ふたりでぼんやりとした。

いつまでお店が開いていたのかは分からない。もしかしたら、閉店は決まっていた事かもしれないし、違うのかもしれない。なくなってしまっては何も分からない。どうにもならない気持ちを抱えて、また食べたかったね、と淋しい気持ちのまま帰った。

ケーキ屋さんはたくさんあるけれど、もうあのお店のケーキは食べられないのだと思うと今でも残念な気持ちになる。替わりはない。

ブログを書きながらあの日の写真を見ると、かわいいケーキが4つ並んでいた。ショーケースの中から選ばれたケーキたちだった。ありがとう。とてもおいしかった。