おとなのお酒

20代の頃はお酒を飲まなかった。付き合いで一杯だけ、という機会は何度かあったけど、飲み会に自分から参加するという事もなかった。

お酒は飲めなくても構わないのだと思っていた私は、会社の忘年会というものに初めて参加した。もちろんお酒は飲まなくていいから晩御飯を食べましょうと声をかけてもらい、安心して参加。飲酒しない組で食事をしながら会話を楽しんでいると、カウンター席に見慣れた背中が。

その背中は社員さんではないけれど、お店に来ている販売員さんだった。キビキビ働いていて、困ると助けてくれる50代のIさん。

目が合うといつものように微笑んだので、「そっちいってもいいですか」と仕種で伝えてみた。どうぞ、と隣の席を引いたので、飲み物を持ってカウンターに行ってみた。

カウンター席に座るとお酒のボトルがズラリと並んでいて、何度か行った居酒屋とは雰囲気がまるで違う。おとなの世界だ……と妙に興奮した。

Iさんとお店の話を聞いて、販売の仕事の話をして。その時に私は接客業に向いていないのだという話をくどくどとしたような記憶がある。向いてないと思いながら働いている理由は話している自分にもサッパリ分からなかった。Iさんも困っていたと思う。素面の人間が絡んでいるのもおかしな光景だったかもしれない。

Iさんは忘年会に参加していないので、飲み終えて「そろそろ帰りますよ」と言った。ひとりで飲んでいるところにズカズカと入り込んでいた事に気付いたのはその時で、申し訳ないと謝った。

去り際に「ここにボトルがあるからね。もし、お酒が飲みたくなったら好きな時に飲みにおいでよ」と言われ、おとなだなぁ…と思いながら元の席に帰った。それから

そのお店に行くことはなかったけど、Iさんは今日も寄り道しているのかなぁと店の前を通ると思ったりした。

娘さんと歳が近いから頑張っている姿を見ると応援したくなると言っていた。自分の娘も職場でおとなに見守られて頑張っているのだから、当たり前の感情なのだと。この話をすると「下心がありそ~」と言う娘たちばかりでウンザリしたので、ひとに話をするのはやめにした。何も知らないくせにIさんを馬鹿にしてほしくなかった。

 

あれから10年近く経った。お酒も飲めるようになった。

Iさん、ごちそうしてくれませんかね。